ナーストピックス

Topic. 30

この記事は約8分で読めます。
病院から訪問看護ステーションに出向して見えた風景

看護師は、病院に限らずさまざまな場所で働くことができる職業です。
しかし、「学校を卒業して看護師になったら、まずは病院に入職するのが当たり前」という
固定観念にとらわれて、病院以外の職場を十分に検討しないことが多いのではないでしょうか。
ここでは、職場選択の視野を広げるための一つの参考として、
がん研有明病院から出向看護師としてケアプロ訪問看護ステーションに2年間勤務した秋山愛さんに、出向に至るまでの経緯や訪問看護の実践について伺いました。
さらに、出向先の管理者である金坂宇将さんに、
看護師出向制度の意義について語っていただきました。

救命救急の世界から地域医療に身を投じた

私は若いうちにクリティカルケアを学びたかったので、専門学校を卒業後、まずは外科病棟で働き始めました。その後、循環器、心臓血管外科、HCUといくつかの領域で経験を積みましたが、入職して6年目、一つの転機が訪れました。テレビドラマの影響を受けて救命救急の世界に魅了され、その分野に強い医療機関への転職を思い立ったのです。幸い、当時の師長から関連病院への転勤を勧めていただいたので、地方から都会へ移り住み、転勤先のERで心機一転となりました。

そこでの業務は楽しかったですが、もちろん挫折もありました。前の職場ではリーダー業務や師長代行などを任されていたこともあり、それなりに対応できるだろうという自信があったのですが、心肺停止の患者さんが搬送されてきても最初は何もできず、現場の医師から「できないなら、あっちへ行って」と言われることもありました。厳しさを感じつつも、命を扱う現場であることを再確認し、一つひとつ学んでいきました。そうしているうちに、重症の患者さんが運ばれてきたときに「秋山さんを呼んできて!」と指名されるまで成長できたのです。努力が評価されるのはとてもうれしく、やりがいにつながっていました。

救命救急の世界から地域医療に身を投じた秋山さん

看護師になって10年目、ERで働くうちに「地域医療の現場の様子を見てみたい」という思いが芽生えるようになりました。看護師が病院で接することができるのは、患者さんの人生のごく一部にすぎません。「患者さんはご自宅ではどう生活しているのだろう」「病院以外で看護師はどう働いているのだろう」――。そうしたことを知ってみたいという探求心から、夜勤専従をしながらデイサービス、老人ホーム、訪問入浴、クリニックなど複数の現場を経験するという1年間を過ごした後、がん研有明病院に転職しました。

その後、がん研有明病院からケアプロへ出向する制度に手を挙げたのは、やはり地域医療や介護の現場を垣間見たことが影響しています。「私が地域医療についてもっと知っていたら、最期の迎え方が変わっていたかもしれない」と思わずにはいられないケースをいくつか経験し、そのことがずっと気にかかっていたのです。

訪問看護は「一人だけど、一人じゃない」

訪問看護の世界に入ってみると、病院時代との違いに戸惑うことが多々ありました。特に印象に残っているエピソードの一つが、患者さんの生活を制限すべきかどうか葛藤したケースです。その患者さんは余命半年でしたが、それをできるだけ延ばそうと思えば食事やアルコールの制限が必要となり、それを本人が守れるようにご家族にもお話ししていきます。

しかし、せっかくご自宅に戻って自分らしい最期を過ごせる状況だったので、生活を制限すべきなのか、それとも本人の好きなように過ごしてもらうべきなのか悩みました。それを考える上では、本人だけでなく、ご家族の思いにも向き合う必要があります。そこで、本人、その奥様、主治医などの関係者を交えて話をする場を設け、私は調整役として関わった結果、全員が相互理解の上で納得できる結論にたどり着くことができました。この過程の中で、患者さんと奥様の関係性がより良いものになっていったという実感もあり、最終的には訪問看護師として満足できる関わりだったように思います。

訪問看護で必要なスキルについては、これまで身に付けてきたものを生かした部分と、新たに学んだ部分があります。身に付けておいてよかったスキルの一つは、静脈ルートの確保です。病院で多くの患者さんに実施していたので、難易度の高い血管でも成功させることができました。また、ケアプロの訪問看護ステーションは24時間365日対応なので、緊急性や重症度を見極めるフィジカルアセスメントをはじめ、咄嗟の事態にも対応できるスキルを身に付けていたことも役立ちました。

リモートでの情報共有・相談できるシステムが整っている

一方で、新たに学んだスキルの一つが、リモートでの情報共有・相談です。訪問看護の現場には自分一人しかいないので、病院のように「ちょっと一緒に見てほしい」ということが難しく、初めはそこが不安でした。しかし、例えば患者さんの足のむくみやCVポート部の発赤などについて確認したいことがあれば、その場で撮影した画像を他のスタッフに送って相談できるシステムが整っており、「すべて一人で抱え込む必要はない」と感じながら安心して働くことができました。また、うまく距離感を取るコミュニケーション方法も学びました。患者さんのプライベート空間であるご自宅に入り、ご家族とも関係性を築いていくとなると、付かず離れずの距離感を保つことが大切です。訪問看護の経験を積むことで、病院時代とは違ったコミュニケーション能力が身に付いたと思います。

「訪問看護をやってみたい!」からすべてが始まる

訪問看護は、患者さんやそのご家族と人生を共にする伴走者、あるいは応援団のような素晴らしい仕事です。しかし、訪問看護に興味があっても、「自分のスキルに自信がない」「未知の領域で飛び込みづらい」と尻込みする人は多いかもしれません。何をするにせよ不安はあるものですが、「訪問看護をやってみたい!」という思いからすべてが始まると思います。

今回出向して驚いたのは、ケアプロに入職した新卒看護師の皆さんがとても優秀だったこと。私はこれまでいろいろな病院を経験して、たくさんの新卒看護師を見てきたのですが、ちょっと信じられないほどでした。何でここまで優秀なのだろうと考えたのですが、強固なモチベーション、いわば志を持って新卒の段階から訪問看護ステーションを選択するような人が集まってくるからではないでしょうか。

だからこそ、多少つらいことがあっても乗り越えられるし、いろいろなことを吸収するスピードも速い。その上で、ケアプロは教育制度がしっかり整っているので、手厚いサポートの下で成長できる……ということだと思います。「訪問看護をやってみたい!」という強い思いがあれば、1年目から訪問看護の世界に飛び込んでもやっていけるはずだということを、看護学生の皆さんにはお伝えしたいです。

教育制度がしっかり整っているので手厚いサポートの下で成長できる

私は2年間の出向期間が終わり、病院に戻ってからの部署はまだ決まっていませんが、ケアプロでの経験を生かして「病院と在宅の架け橋」になりたいと思っています。例えば、病棟看護師に「在宅のリアル」を伝えることで、患者さんの退院支援を今までより充実させることができるかもしれません。出向というかたちで貴重な経験をさせていただいたケアプロの皆様とがん研有明病院に、とても感謝しています。

プロフィール

秋山愛

  • がん研有明病院/ケアプロ訪問看護ステーション東京
秋山愛さん

石巻赤十字看護専門学校を卒業後、石巻赤十字病院、東北労災病院、横浜労災病院などで勤務。その後、藤沢市民病院で救急病棟夜勤専従として働きながら、デイサービス、老人ホーム、訪問入浴などを経験。2014年にがん研有明病院へ入職し、2019年よりケアプロ訪問看護ステーションへ出向。2021年4月よりがん研有明病院に復帰。

管理者インタビュー

病院‐訪問看護ステーション間の人材交流に大きな意義

病院と訪問看護ステーションの間で看護師の行き来があることは、これからの時代のあり方を考えたとき、非常に意義のあることだと思います。今回のような出向制度を活用すれば、病院看護では学び切れないことを訪問看護の現場で学び、病院に持ち帰ることができるはずです。

秋山さんを迎え入れるにあたっては、お互いにが納得できる2年間になるよう意識しました。そのため、一般採用と同じように面接し、お互いのミスマッチを防ぐために当社の理念や思いにマッチするかどうか事前確認しました。そして、入職後は当社オリジナルの教育ラダーに沿って訪問看護師としての育成を進めていきました。「こういう事例を経験したい」といった秋山さんの希望もそのつど確認しました。その希望がすべてかなうわけではないですが、当社の判断や現場のタイミングがそろったときは柔軟に対応しました。

金坂さんと秋山さん

秋山さんが来てくれたことで、当社のスタッフが成長した面もあります。病院看護師としての知識や技術を教えてもらうだけでなく、さりげなくスタッフと管理者の間に入り組織の潤滑油のような役割も担ってくれました。この出向が本当に成功したかどうかは、秋山さんが病院に戻った後の様子を見て初めて評価できるものなので、その後の活躍ぶりを楽しみにしているところです。

管理者プロフィール

金坂宇将

  • ケアプロ株式会社在宅医療事業部事業部長 ケアプロ訪問看護ステーション東京管理者
金坂宇将さん

島根県立看護短期大学を卒業後、松江赤十字病院に入職。心臓血管センター(循環器内科および心臓血管外科)で5年、ICUで4年働き、看護師9年目の10月から訪問看護に転身。ケアプロ訪問看護ステーションで働き始める。