ナーストピックス

Topic. 22

この記事は約6分で読めます。
助産師が現場を離れて
「政策提言」に携わるワケ

助産師として毎日ときめきながら過ごしていたにもかかわらず、イギリス留学を経て、政策提言により社会を動かす仕事に就いた女性がいます。
彼女はなぜ現場を離れ、畑違いにも思えるようなキャリアに挑戦したのでしょうか。
特定非営利活動法人日本医療政策機構(HGPI)でマネージャーを務める今村優子さんに、助産師時代から現職に至るまでの軌跡を伺いました。

助産師の現場を離れて「政策提言」に携わる今村さん

母親学級「産むぞクラス」の成功後、イギリス留学へ

助産師の道を志したきっかけは、大学生時代の講義で「虐待の世代間連鎖」について学び、妊娠・出産・育児の各ステージで適切なサポートが入ることの重要性に気付いたこと。実際に臨床に出たら、お産を介助したり、妊産婦と関わったりすることがとにかく楽しくて、毎日ときめいていました。特に、担当助産師制度が取り入れられていた育良クリニックでは産前から産後1年まで継続的なケアが可能で、2人目以降の出産ではご指名を頂くこともあり、大きなやりがいを感じていました。しかし、自然分娩をモットーにしている産院だったのですが、自然分娩への理解が不十分だったり、お産に対して受け身だったりすることが少なくないと当時は気になっていました。

人生の一大イベントである出産だからこそ、十分な準備をして臨んでほしい……。そうした思いで企画したのが、現在まで続いている「産むぞクラス」。妊娠34~36週限定の母親学級で、1時間半かけて安産のコツや助産師への頼り方を伝えます。最大の特徴は、クラスの最後に行う寸劇。後輩助産師が妊婦さん役、私が助産師役として出産の様子を熱演するもので、助産師だからこそ陣痛時の状態や呼吸の変化を細かく演じ分けることができます。受講後は「体力を付けるためにスクワットを始めました」「寝る前に呼吸法の練習をしています」といった声がたくさん届くようになりました。

この経験から、より幅広く妊娠・出産に関する教育活動を展開し、女性の意識改革へつなげたいという思いが生まれました。また、産科医と助産師が真の意味で協働し、それぞれの専門性を生かしたより良いケアを実現するためには、制度の見直しや教育改革も必要だと感じるようになりました。そこで、助産師がより主体的・自律的に活躍しているイギリスで学ぶため、留学を決意したのです。

留学中は、現地の助産師へのインタビューや医療機関の見学も実現できて、「正常なお産のプロフェッショナル」として助産師が高い信頼を得ていることを実感しました。私が滞在したシェフィールドという街は、買い物に便利で治安も良く、東京と変わらない感覚で生活できたことも幸いでした。夜中まで図書館にこもって勉強した後、ヨーロッパの街並みを堪能しながら帰路に就くのが楽しみの一つでした。

母親学級「産むぞクラス」の成功後、イギリス留学した今村さん

自分たちの提言がダイナミックに社会を動かす魅力

帰国後は、母子保健や産科医療に関する政策提言ができる場をめざし、特定非営利活動法人 日本医療政策機構(HGPI)に入りました。私が2020年度に担当しているのは「女性の健康」「非感染性疾患」「医療政策アカデミー」の3テーマ。すべてのプロジェクトにおいて、提言は日本語と英語で作成後、ウェブで公開し、メディアブリーフィングを行うこともあります。並行して関連省庁の担当者や議員への説明も行います。特に医療分野出身の方は、私が助産師として働いていたことで親近感を持ってくださり、コミュニケーションが円滑に進むことが多いですね。

実際に政策を大きく変えることはとても難しく、一朝一夕にはいきません。それでも、自分たちの働きかけがきっかけとなり、少しずつでも社会が動いていくことには、この上ない充実感があります。産官学民(産業界、官公庁、教育・研究機機関、市民団体)のステークホルダーを結集して多様な視点から議論を重ね、論点や課題を整理しながら政策提言としてまとめていきますが、「市民主体の医療政策の実現」をモットーに掲げるHGPIでは、当事者を巻き込んだ政策提言になることを重視しています。例えば、働く女性に関する政策では、一般の働く女性2000人にアンケートをして生の声を集めました。ほかにも、大学生への性教育については現役大学生にヒアリングを行ったり、非感染性疾患の分野ではがんや糖尿病など、さまざまな疾患の患者・当事者リーダーの方々にワーキンググループメンバーとして議論に参加してもらったりしています。

転職後も多忙な毎日であることに変わりはありませんが、病院勤務ではあり得ない土日休みや年末年始の連休などが非常に新鮮です。1歳の娘がいるので、家族で過ごせる時間が増えたことは素直にうれしいですね。ただ、臨床業務とは異なり、デスクワークは自宅に帰ってもずっと続けられてしまいます。仕事に追われすぎるようなことのないよう、気持ちをしっかりと切り替えなくてはなりません。そういう意味でも、娘の存在は大きいですね。生活にメリハリが付き、以前より仕事もプライベートも楽しめるようになった気がします。

特定非営利活動法人日本医療政策機構(HGPI)でマネージャーを務める今村さん

まずは「楽しく働いている人」へ会いに行こう!

私自身の学生時代や新人時代を思い返すと、修行のような毎日でとても大変だった記憶がよみがえってきます。理想を抱いて現場に入っても、必ずしも楽しい仕事ばかりではありませんからね。正直、指導的な立場にある看護職の意識改革も必要だと感じていますが、今すぐには難しいかもしれません。つらい時期を乗り越えるコツは、1つでもいいので「楽しい!」「ときめいた!」と思える何かを見出すこと。特に看護職の仕事は、患者さんからすぐにフィードバックをもらえることが特徴です。私自身、優しい妊産婦の方々の言葉に支えられて、実習や1年目を乗り越えられたと思っています。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、看護学生の皆さんも少なからず影響を受けたことと思います。私も、現場の医療従事者の皆さんがリスクをいとわず奮闘されている中、何もできない自分が歯がゆく、落ち込んだ時期もありました。それでも、ほんの少しでも何かの力になりたいと考え、日本看護協会に声をかけさせていただきました。そして、COVID-19に向き合う看護職に対する危険手当の支給などを求める要望書を厚生労働大臣に提出する際のお手伝いをさせていただきました。また、以前に勤務していたクリニックでは通常の両親学級がすべて中止になってしまったので、そのオンライン版を立ち上げて運営しています。

これから社会に飛び立つ看護学生の皆さんには、医療職のスキルを活用できる場はたくさんあることを知ってほしいと思います。われわれのようなNPO法人や企業などを含め、多様な選択肢が目の前に広がっているので、視野を広く持ってください。進路選択のポイントは「楽しく働いている人」を探すこと。経験上、そうした人の周りには、同じようにポジティブで魅力的な人が集まることが多いからです。ぜひ、積極的に話を聞いたり見学したりして、心から納得できるまで進路を検討してください!

プロフィール

今村優子さん

今村優子(いまむら ゆうこ)

総合周産期母子医療センター愛育病院や育良クリニック(いずれも東京都)などで助産師として8年間の経験を積んだ後、イギリスへ留学。シェフィールド大学にて公衆衛生学修士課程修了(Master of Public Health;MRH)。帰国後、2017年2月より日本医療政策機構に参画し、マネージャーとして医療および医療制度に関する世論調査、医療政策の提言などを行っている。